Lucky break(降谷零)

Lucky break

 

 

白い天井の次、視界に映ったミルクティー色は夕焼けに透けてとても綺麗だった。遠くを見ている。ふとした瞬間に覗く隙は指摘してしまえば、きっと二度と見られなくなるだろう。そういうひとだ。視線の所為か変わった息遣いか、やがて振り向いた瞳が優しくて、まだ夢の中だっただろうかと思う。

「起きたか」
「……どれくらい寝てましたか」
「君が俺の前に飛び出してから31時間と24分後だよ」

倒れたことの腑甲斐なさを謝罪することは容易いが、行動自体は後悔していない。彼が怪我をするより、自分が離脱する方が被害が小さいと判断しま。それだけのことだ。

「撃たれたにしては早い目覚めじゃないですか…?」

ゆっくりと意識が遠のいていったあのとき、守りたかったその人は他に優先すべき事があるだろうに、その手からずっと温もりを与えてくれていて、ああこれはきっと後でとんでもなく叱られるに違いない、と少しだけ哀しくなった。けれど目覚めてみれば予想していた眉間の皺はない。隈は相変わらずだ。きっとまた寝ていない。彼をこの辛気臭い場所に閉じ込めない為に私が行動したというのに、何故ここに居るのだろう。

「咄嗟に上司から銃口を逸らしたことも、命に別状なく生還したことも誉めてやりたいくらいだよ。でも、ダメだ」
「誉めてくれたらいいじゃないですか。それであと半年は休みなく働けますよ」
「半年って短いな」
「たまには半休じゃなくて一日ゆっくりしたいです」
「安心しろ、2週間はここに缶詰めだ」

ベッドの横に備え付けられた丸椅子が軋み、伸ばされた指先が顔に触れる。顔にかかっていたらしい髪を除けて、手はそのまま離れない。顔が熱を持ち始めるのはきっと目覚めたばかりだということと、麻酔が切れはじめた傷を思い出した所為だ。

「……なんですか」
「いや?退院後はこんな風に触れることも出来なくなるかと寂しくてな」
「?」
「自力で起き上がれるようになったら始末書。それが警視庁公安部での最後の仕事だ」
「いやいやいやいや待ってください!どういうこ、」

どういうことですかまさかクビですかそれとも左遷?どちらにせよ親に顔向けできない、もういい歳だし結婚相手は居るの、などと顔を合わせる度に探ってくる後ろに隠されたどこの馬の骨とも知れない見合い写真の男と田舎暮らしだなんて絶対にごめんだ。守りたいものを守るために他を蔑ろにしてひた走ってきた、それは誰のためでもなく自分のためだけれど、いつからか、ずっと、たった一人を追っている。
驚きのまま飛び起きた所為で触れていた手が離れたけれど、再び頰を包まれ少しだけ引き寄せられた。

「んっ、」
「…退院したら、俺の下に就かせる。どこに居ても無茶をするなら、傍に置いた方がましだ」

捲し立てるはずだった言葉は全て飲み込まれ、離れていった瞳には締まりのない間抜け顔をした自分が映っていた。

「……怪我の功名ってやつでしょうか」
「こんな事は二度とするな」

今日初めて見る怒った表情。いつもなら萎縮するか目が合わないように背けるかしてしまうのに、緩んだままで見つめていれば、公私混同を堂々と口にしたことにバツが悪いのか、珍しくも相手が視線を逸らした。

「降谷さん」
「……なんだ」
「すきです」

今度は見開いたアイスグレーに、今日は色んな表情が見られてお得だなぁと感慨深く思う。貴方を守ることが出来た、この傷すら愛しいと言ったらまた叱られるだろうか。