恋する乙女を侮るなかれ(岩泉一)

 

 

ピアス開けたら運命変わるって言うじゃん。

別に校則で禁止されてるわけじゃないけど、バイトや部活でダメだからとか親が嫌がるとか、そんな理由で同じ学年でも開けてる生徒は少ない。ピアス開けてるコはオシャレで可愛くて大人っぽくて、でもちょっと不良かも? なんて斜めに見たりして、つまりちょっと憧れてる。私の場合、部活はもう引退したしバイトもしてないし親は好きにすればって言う。だから開けてもいいかな、って思ってたけど、やっぱりちょっと勇気が必要で、でもその勇気を出せばちょっと何か変わるんじゃないかな、踏み出せるんじゃないかな、ってそう思った。

思い立った吉日はもう一週間前のこと。ドキドキしながらピアッサーを買って帰って、片耳にバチン。正直、すごく痛かった。
開けたはいいけど、しばらくは何となく気恥ずかしくて髪を下ろして隠してた。でも、安定するまでは付け続けないといけないし、っていうか、そろそろ見てほしい。誰に、って友だちとか好きな人に。

昨日は体育もあって、髪を久しぶりに結い上げた。覗いたピアスは思った通り女子からは好評で、いいなとか可愛いね、とか言ってもらえた。だけど彼はどうだろう。考えてなかったけど、もしかしてこういうの好きじゃないかも。不良だって思われたらどうしよう。そうじゃなくてもちょっと引かれる? どうしよう、早まったかも。なんて今更考えても遅いけど。

昨日はアップにした髪を、今日はまた下ろしてる。耳はすっぽり隠れて、ピアスは見えない。

好きな人がいる。隣のクラスの岩泉一。3年になって、初めてクラスが離れた。正直すごくショックだったけど、幸いだったのは岩泉の幼馴染にあたる男子と同じクラスになれたこと。それまで大して話したこともなかったけど席が前後になったラッキーに乗じていっぱい話しかけてちょっとは仲良くなった。と思う。岩泉は教科書を忘れただの何だのって休み時間に来ていたり、たまにだけど同じ部活のコたちで集まってお昼を食べていたりする。……もちろん、私に会いにきているわけじゃないから話す機会なんて滅多にないんだけど。クラスが離れたら接点なんてそうそうない。だから、話せた日はちょっと幸せ。

不幸だったのは、その幼馴染である及川徹に、私が誰を好きなのかバレたこと。「すぐに分かったよ」なんてしたり顔で言われたときは、赤くなるやら青くなるやら忙しかった。それから及川は、岩泉が教室に来る度にニヤニヤしながらこっちに視線を送ったり関係ないところで同意を求めてきたり、私がすぐ後ろに居るからってちょっとわざとらしい。「岩泉にはゼッタイに余計なこと言わないで」と訴えれば、その表情を崩さないまま「言わないよ」と即答だった。但しその顔には『言わないよ、こんな面白いこと』と書いてあったけれど本人に伝わらないならこの際、何でもいい。
そう思った、けど、本当は仄めかしてくれるくらいならいいのに、って考えてた。他人の口からハッキリ告白されちゃうのは嫌だけど、もしかして、って私を意識してくれたらいいのに。なんて、他力本願がダメなのは分かってる。だから、運命変えて、一歩踏み出さないといけないの。だから、がんばるから、今日も会えますように。拳を握って気合入れて、上靴に履き替えた。

「……よしっ」
「靴替えんのに何を張り切ってんだよ」

後ろから送られた声が誰のものなのか瞬時に分かって、身体が硬直する。
ちょっと待って。まだ心の準備が出来てない。

「い、岩泉! おおおおはよう」
「おー」

何どもってんだよ、と見せる笑顔が朝から眩しい。エナメルのバッグに付いているゴジラにも心の中でこっそりとおはようを言った。髪の毛跳ねてないかな、とか服に糸くず付いてないかな、とか慌てて身なりを気にしてしまう。でも、もし寝癖がついてたら「跳ねてんぞ」って飛び出た髪を持ち上げて笑ってくれると思う。

自分も靴を履き替えた岩泉は私の横に並んで歩き出した。どうやら教室まで一緒に行けるらしい。顔が緩みそうになるのを必死で耐えて真顔を保つ。幸い、身長差のおかげで少し俯いてしまえば私の表情は岩泉に見えないだろう。

階段に差し掛かったところで「おまえ今日英語あるか?」と聞かれて、今日の時間割を頭に浮かべる。「あるよ」と返せば「ん」と意図の分からない応えが返ってきた。どうしたんだろ。「教科書でも忘れたの?」と尋ねれば、少し言い澱んで「……辞書」と呟いたので、被せるように「わたし! 持ってる! 貸せるよ」と訴えた。

「サンキュ。昼にでも行くわ」

分かりました。お昼休みは学食にもどこにも行かず教室で待機します。何なら私から届けに行ってもいいくらいだけど、それを言うと何で?と聞かれてしまうだろうから大人しく待つことを約束した。登りきった階段からは私の教室の方が近いから、また後でね、と手を振り、隣の教室へ進む岩泉を見送った。朝から遭遇できて、後でまた会えるなん嘘みたい。英語の辞書、ありがとう。ピアスよ、ありがとう。ピアスあんまり関係ないか。

「話してたのに置いてくんだよ! 岩ちゃんってばヒドイ」

廊下側の一番後ろの席が今の私の配置。目の前に座るのは体躯の大きい男子だけど、黒板を見るのに支障はない。
本鈴ギリギリに教室に滑り込んできた及川は、先生がまだ来ないのをいいことに愚痴がてら今朝の岩泉が何故一人だったのかを教えてくれた。

「私じゃなくて本人に言いなよ」
「でも岩ちゃんの話なら聞いてくれるでしょ? ちなみに話題は、クラスの女子で好みのタイプ」
「何それ、聞きたいようで全然聞きたくない!」
「まっつんは結構ハデめの女のコ選んでて意外だった。マッキーはクラスには居ないとか言って怪しかったな~。俺はちゃんと後ろの席のコって言っといたよ」
「私じゃん。はいはい、お世辞ありがと」
「岩ちゃんはね、聞き出す前に逃げちゃったんだよね」

ザンネン、と言って及川は笑うけれど、私は全然笑えなかった。クラスで好きなタイプ、って何それ。せめて学年にしてよ。頬杖をついて不貞腐れる。授業が始まっても、ちっとも集中できなかった。
そんなの、そんなの、答えなくたって聞かれたら考えるじゃん。芸能人で好みのタイプだったら知りたいよ、参考に出来るし、もしかして自分と全然違うタイプかもしれないけど付き合いたい相手と好きな芸能人って違うもんだし。でも、同じクラスなんてそんなの、ちょっと好みだな、が次の瞬間「好き」に変わるかもしれないし、もしかしたらもう好きなコが居るのかも。だから及川たちに言わなかったのかも。ひょっとしたら、好きなだけじゃなくてもう付き合ってるかもしれない。5組の女子って誰が居たっけ。仲良いコもあんまり居ないから、岩泉が誰とよく話してるのかも分かんないし聞けない。どうしよう。バレーばっかりしてるからって油断してた。去年までは「比較的仲の良い女子」ポジションを維持してたと思うけど、クラスが離れたら話す機会もめっきり減って単なる「去年クラス一緒だったヤツ」だ。モブ。完全にただのモブ。何で去年のうちに動けなかったんだろ。わたし、何も行動出来ないまま失恋? そんなのって、そんなのって、ない。

考えてもどうしようもないことをぐるぐると考えてたら、あっという間にお昼休みになってしまった。

「及川。さっきの古典、ノート見せてもらえないかな」
「いいけど、珍しいね。寝てたの?」
「起きてたけど、後半聞き逃した」
「恋煩いかな? 想われる方は幸せだね」

本当に思ってる? 今の私には、からかいに悪態を返す元気もない。ハイどーぞ、と手渡されたノートを受け取ってお礼を言う。

「ありがとう」
「購買行くから何か買ってこようか」
「ほんと? 助かる。でも牛乳パン以外でお願いします」

自分のついでに、とお使いを引き受けてくれた及川に有り難さを感じながらも軽口を返す。及川は「牛乳パン美味しいじゃん! 早く行かないとなくなっちゃう」とぷんすかしながら購買へ駆けていった。走らなくても牛乳パンは売り切れないと思う。

学食へ誘ってくれたクラスメイトにも断りを入れて、借りたノートをパラパラとめくった。几帳面にまとめられている。たまに端っこに書かれているのはバレーのコート上の配置だろうか。ノートを見る限り授業は真面目に聞いているようなのに、それを遥かに上回る熱量でバレーが存在していた。6つの印のうち、どれが岩泉だろう。授業内容を書き写しながら頬が緩む。

「……試合、見にいきたいな」
「来ればいいべ」

ひとり言のつもりの呟きを拾われてしまって、思わず身体が硬直する。声をもとに見上げれば、思った通りの人物がそこに立っていた。

「練習試合でも結構見に来てるヤツ居んぞ。ここんとこは毎週どっかしらとやってるし、見にくればいいだろ」

言いながら、岩泉は目の前の席に腰掛けた。疲れてなんかないだろうに、はあ、と大きく息を吐き出していた。

「ば、バレー部の試合だなんて言ってない」
「でもそうなんだろ? 及川目当ての女子なんていつも居るから別に目立たねえよ。つーか、去年はたまに来てたろ」

何で来なくなったんだよ。そう言われて、言葉がぐっと詰まった。だって去年はクラスに私が岩泉のこと好きだって知ってる友だちが居て、そのコは及川ファンだったから一緒に行けたんだもん。だけどクラスが離れた上に最近彼氏ができたらしくて放課後はいつも一緒に帰ってて、つまり「友だちが及川ファンだから」って言い訳が出来なくなった。
それに去年までなら「及川くん格好いいね」なんてテキトーなこと言えたけど、及川と同じクラスになって冗談も言い合うような仲になってしまった今は周囲にまさかガチ恋と思われかねないそんな行動はできないというかしたくない。及川ファンはもとより、誰よりも岩泉に勘違いされたくない。「一人だと行きづらいよ」と無難な答えを返せば、片眉を上げて怪訝な顔。納得のいく返答ではなかったらしい。

これ以上追及されても困るので、話題変換を試みる。

「そういえば岩泉、お昼ごはんは?」
「教室で食ってきた」
「早。及川、購買向かったところだよ」
「ん。さっきすれ違った」

ごはんは食べた。及川が居ないのも知ってる。なら、何だ。あれだ。辞書だ。

「辞書だよね。ロッカーに置いてるから取ってくる」
「後でいい」

立ち上がりかけたけど手ぶりで制止されて、再び腰を下ろす。

「ノート写してんだろ。別に急がねぇから」
「う、うん。分かった」

言葉に甘えて、再び二冊のノートへと向かう。早く書き写さなくちゃ。量はそこまで多くないから、集中すれば及川が戻ってくるまでに終わるだろう。そう、集中さえできれば、だけど。正面からの視線が刺さってシャーペンの芯は何度も折れた。手汗までかいてる。本当にただ書き写すだけの作業になってしまい、内容なんてちっとも頭に入って来ない。さっきの授業中よりずっと散漫だ。ウソ。全神経が目の前の人に奪われてる。
なんで、ずっと見てるの。

「あの……岩泉?」
「ん?」
「見られてると緊張するんだけど」
「あー、悪ぃ」
「なに、何かヘン?」
「いや……お前さ、」

視線を泳がせ言い澱んだ岩泉がやっと目を合わせてくれたのに、いつもいつでも空気を読んでくれそうで敢えて読まない男が元気よく帰ってきて、その場の空気を断ち割った。

「たっだいまー! 牛乳パン2つあったから買ってきてあげたよ!」
「2個も食うのかよ」
「これは頑張ってるコにプレゼント」

購買の袋が目の前に掲げられた。机のかろうじて空いたスペースにクリームたっぷりの四角いパンが置かれる。それを予測しなかったわけじゃないけど、得意げに笑う及川を見るとげんなりした。

「牛乳パンは要らないって言ったのに」
「こっちも要らない?」
「わー、焼きそばパン! 及川すごい! ありがとう」

走る意味ないじゃん、なんて思ってごめん。競争率の高い焼きそばパンをゲットしてくるなんて、さすがです。一転して感謝の意を示して及川を拝む。これ以上ペンを握っていても身にはならない、と大人しくノートを閉じた。財布を取り出そうとして、鞄ごとロッカーにしまっていたことを思い出した。辞書と一緒に取ってくるね、と二人に声をかけて立ち上がった。

「岩ちゃん辞書忘れたの? いつも置き勉して忘れるとかないのにめずらしー」
「うるせぇ」

及川が戻ってきて緊張がとけた気がする。変な空気もなくなった。よかった。ぎこちなくて変に思われただろうか。岩泉と話すなんて、別に珍しくもない。去年クラスが一緒だったことを知ってる人は多いし、周りの皆も別に気にしてない。のに、どうしても意識してしまってダメ。毎日会えるわけじゃないから想いが募るのか、顔を合わせたときにソレが溢れ出しそうになる。顔に昇りかけた熱を下げるために両頬をぺちんと叩いた。
小走りで戻ると、及川の席には変わらず岩泉が座っていて、その後ろの私の椅子は及川が占領していた。

「ちょっと及川、どいてよ」
「だって俺の席とられてるんだもん。あ、半分こして座る?」
「座りません!」
「えー、空けるのに」
「こっち座れ」

岩泉が傍らへと立ち上がり、及川の席に私を促す。好きな人の前で立ち食いはしたくないから、ちょっと渋々だけど空いた椅子に腰を下ろした。牛乳パンを取り出して頬張り始める。

「私の席そっちなんだけど」
「まぁまぁ、いいじゃん」
「……お前ら、仲良いのな」

岩泉の一言に対して「良くない!」と「そうでしょー」が重なった。ニヤニヤしている及川をキッと睨む。鼻唄でも歌いそうなムカつく表情だ。仲は良い、良くなった、と思う。でも。

「そ、そういえば岩泉、さっき何か言いかけた?」
「なになに」
「及川が騒がしく戻ってくるから会話途切れたの! ごめん、何だった?」
「いや……、別に大したことじゃねぇけど」

少し泳いだ視線をこちらに戻し、頰をかく岩泉を見上げる。す、と伸ばされた手が、髪を避けて、直接触れる。

「お前、耳あけたんだなと思って」
「ひぁっ」

触られた瞬間、背中に電気が走ったみたいで、自分でも聞いたことないような高い声が出た。近くにいたクラスメイトの何人かどうした、という顔をしてこちらを見ている。顔に熱が昇るのを自覚した。どうしよう。すごく恥ずかしい。岩泉の顔が見れない。どうしよう。

「岩ちゃん、それセクハラ。耳って性感帯なんだよ」
「お前の発言のがよっぽど問題だべや!」

ゴッ、と鈍い音が及川の方から届いた。どうやら鉄拳を食らったらしい。羞恥に苛まれながらも恐る恐る顔を上げると、バツの悪そうにする岩泉の顔が心なしか赤い。私の顔は、もっと赤いだろうけど。

「あー……悪かった。そんなに驚くとは思わなくて」
「いや、うん、私こそ大きい声出してごめん。び、びっくりして……」

暫しの無言。他のクラスメイトは多分だけど平常運転に戻っていて、後ろの座席からはうう、と苦しむ声が聞こえて、だけど私はそれどころじゃない。

「……わっ、私、飲みもの買ってくる!」

気まずさに堪えきれず逃げ出した。おい、とか何とか、不自然すぎる行動を咎める声に追われた気がするけど、ぱたぱたと廊下を駆け抜けた。一段飛ばしで階段を降りて、自販機のある中庭は進まず、それ以上降りられない階段裏へと入り込み、ぴたりと足を止める。

「はぁ〜〜〜」

大きい大きい溜息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。耳に触れる。サーモグラフィーで測ったらそこだけ真っ赤になってるんじゃないか、というくらい熱い。

「おい」
「うわっっ!」

驚きで飛び上がった。そのまま立ち上がれたらよかったのに、間抜けにもバランスを崩し膝をつく。心臓をばくばくさせながら、声の方を振り返る。
追い掛けてくるなんて思ってもなかった。

「何やってんだ、ほら」

差し出された手を取れば、想像よりも勢いよく引かれて持ち上がった身体はそのまま正面の岩泉にぶつかった。「軽……」と呟かれた声で距離の近さを意識する。重なったままの手と、支える為に掴まれた二の腕が熱い。お互いの息遣いを感じる距離。頭は、パニックだ。

「お前、ほっそいな。ちゃんと食べてんのか?」
「えっ、んん!?」

掴まれたままの二の腕をむにっと揉み込まれた。驚いて声を上げそうになるけど、先程の気まずさを思い出して口を抑える。岩泉はというと、分かりやすくやばいって顔をして私から離れた。

スキンシップの多い人だ、と思ったことはこれまで特にない。及川をどつく姿はよく見るけど。あれだ。試合後に後輩の頭を撫でてたみたいな。あれかも。可愛がってる犬に触るみたいな。相手が女子だとか、多分そんな深く考えてなかったんだと思う。きっとこれまで私のこと全然意識してなくて、なのに、そうじゃないって気付いたんじゃないか。もしかして。

だったら、そんなに悲観する状況でもない。

「……悪い。軽率だった」
「いや、気にしてないから! それに、その……岩泉なら、いいよ」

他のコにはしてほしくないけど私ならいい。他の人には触られたくないけど、岩泉ならいい。
結構、思い切って言った。顔を見上げて反応を窺う。目をまんまるにした岩泉は、バツの悪そうに視線を逸らして頭をガシガシと乱した。

「あー…………そういうこと言うの、やめとけ」
「だ、だって本当のことだし!」
「勘違いされたらどーすんだよ」
「勘違いじゃなかったら、いいじゃん」

岩泉の顔に「?」が浮かぶ。そりゃそうだ。自分でもいきなりすぎるとは思う。でも。

自棄か、賭けか。

「好きな人だから、いいって言ってるの!」

恥ずかしくて顔は見れなかった。俯いたまま、ギュッと拳を握り込む。

やがて響く予鈴がやけに遠くに聴こえた。岩泉は何も言ってくれなくて、でも様子を窺うこともできなくて、チャイムが鳴り終わるのを黙って待つしかなかった。
そして、再び静かになった。これ以上、沈黙に堪えられそうにない。

「……授業始まっちゃう! もう戻らないと」

はは、と乾いた笑いで誤魔化した。
そそくさと横をすり抜けて去ろうとしたのに、再び腕掴まれて留められた。

「待て。ちょっと……考えてるから、逃げんな」
「え、考えてるくれるの?」
「そういう意味じゃねえ」
「違うなら今聞きたくないから放してほしいんだけど」
「そうじゃねぇって……くそ、カッコわりぃ」

空いた手で額を覆い、溜息を吐く岩泉を下からじっと見つめる。隠せていない耳が赤かった。これは、期待とまではいかなくても、頑張っても、いいんだろうか。考えなしに引き止めたんだったら、さすがに落ち込む。

「……岩泉のこと、格好悪いなんて思ったことないよ。試合観に行くのだって岩泉を見たかったからだし、クラス離れてショックだったし、今日だって朝から話せて嬉しかっ、ぶ」
「ちょっと一回黙れ」

今度は明確な意思を持ってその胸に抱き込まれた。頭を押し付けられた、と言った方が近いか。私が口を開けば開くほどにその顔を茹でだこのようにしていった岩泉は、こっち見んなとばかりに私が顔を上げることを許してはくれない。こっからどうしろと言うのだ。
案外、煮えきらない。

「岩泉。私ね、ピアス開けたの。あと少し前に前髪切ったし、メイクも変えた……気付いてなかったと思うけど」

誰の為だと思う? なんて言ったら、鬱陶しいと嫌われるだろうか。でも、他でもなく岩泉に見て欲しかったからなんだと、言わなくちゃ伝わらなさそうだから。
後頭部に置かれた手から少しずつ力が抜ける。その隙を逃さず、岩泉の顔を見上げた。

「ピアスは気付いただろ」
「へ、変じゃない?」
「……かわいいと思った」

それまで逸らされていた視線が真っすぐにぶつかった。
射抜かれて卒倒しそう。どうしよう。今、すごく間抜けな顔をしている自信がある。
言葉の出なくなった私をよそに、遂に本鈴が鳴ってしまった。

やばい、午後の授業が始まっちゃう。机の上には焼きそばパンが出しっぱなしのはずだし、サボりなんてしたことない。岩泉だってそのはずだ。でも、今、戻りたくない。岩泉も同じ気持ちだったらいいのに、とその表情を確認すると、眉間に皺を寄せたまま耳まで真っ赤になっていた。どうしよう、かわいい。やっぱり授業行きたくない。
及川、焼きそばパン食べられなくてごめん。後でちゃんと食べるから、先生にはどうか適当に誤魔化してください。
神様、ピアス様、ありがとう。思い切って良かったです。まだまだここからが勝負だと思うけど、でも。

運命、変わりそう。