君じゃなきゃダメなんてことはない(宮侑)

 

 

 

今日の日直は誰だ。先生はそれを確認しないままわたしに目を止めた。運が悪かったとしか言いようがない。諦めて集めたクラス全員分のノートを職員室まで届け、戻った教室にはもう誰もいなかった。
次の授業は移動教室だということをすっかり忘れていた。何で誰も教えてくれんかったんや、と薄情な友人たちへの文句を考えながら自分の机へ駆け寄ると、机に突っ伏していたらしい誰かが身じろぐのが目に留まった。自分以外にも取り残されている人間がいたらしい。

誰にも起こしてもらえんかったんやろうか。かわいそうに。

哀れみと親近感を込めて視線を送ると、その誰かは眠そうな目を擦りながらその大きい身体を起こして、ゆっくりと伸びをした。まだぼんやりとした様子で瞬きをしている。寝る子は育つ、というけれど、授業が終わっても気付かないなんて、よっぽどだ。去年同じクラスだった彼の片割れは睡眠より食事の方を大切にしているようだったから、双子でもやっぱり違いがあるんだろう。机から教科書と筆記用具を揃い終えた頃、ようやく現状を飲み込んだらしい宮くんは教室をぐるりと見まわして、最後にこちらに視線を止めた。ぱちり、と目が合った。まだ覚醒できていないのか、他に誰もいない教室を見ても焦る様子はない。無視して置いていくわけにもいかず机3つ分向こうに届く声を出す。

「次、移動やで。早よ行かんと」
「……みょうじさん戻ってくるん待っとってん」
「へ」

間抜けな声が漏れた。
待ってた? わたしを? 聞き違いだろうか。いつも一緒にいるグループのコたちならともかく、挨拶以上に関わったことのないわたしを待つ理由は思い当たらない。それとも知らないうちに何かやらかしたんだろうか。この間のバレー部の試合、サーブのタイミングで声を上げたのはわたしじゃない。誤解なら誤解、と言えばいいだけだけど他に何かあっただろうか。

「なかなか話す隙ないから困ったわ」
「なに、わたし、何かした?」
「そんなんちゃうけど」

動揺して声の上ずったわたしを宮くんは鼻で笑った。感じ悪い。人を小ばかにしたように斜めに見た態度があまり好きじゃない。まともに話したこともないから、これは完全に外から見たイメージの話だったけれど、やっぱり間違っていないと思う。

「話そうと思って、待っててん。みょうじさん、俺と付きおうてくれへん?」
「はあ?」

今度は意思を持って、間の抜けた返答をした。へらり、と笑う宮くんは、発した言葉を「どこに」とも「何に」とも補ってくれない。なら、付き合って、の真意は思い浮かぶソレで合っているんだろうか。

「イヤやけど」
「即答かい。もうちょい考えてもバチ当たらんで」
「だって宮くん、わたしのこと好きとちゃうやろ」

世の中には、一言も話したことがなくても相手が好きだと告白してしまえる人が居るのは知っている。いわゆる一目惚れとか、そうじゃなくてもこっそり見てました、とか、そういうやつ。でも、宮くんとは同じクラスなのに挨拶程度以上を交わしたこともなければ、吊り橋効果に陥るようなイベントが発生した記憶もない。寧ろ女子グループで話しているとき五月蠅そうに睨まれた覚えがあるくらいだ。
そういえば、あのときも机に突っ伏して寝てた気がする。休み時間とはいえ、そんな宮くんの席の近くで騒いでたのは少し悪かったと思うけど、そんな怒らなくてもいいじゃないか、ってくらい怖い目を向けられた。女子の一人はちょっと怯えてたし。わたしはわたしでムッとして、気持ちのこもってない謝罪を投げつけたと思う。それに対して宮くんは嘲笑するような顔をして、でも何も言わずにまた寝てしまったんだっけ。
うん。やっぱり、宮くんはわたしのことを好きじゃない。寧ろ敵意すら感じている。だから、どんな意図で発した言葉なのか、考えてもさっぱり分からなかった。

「好きやで?」
「なんで? どこが?」
「顔。かわええもん」

頰が引き攣る。顔が理由。そこそこ傷付く告白のひとつだ。宮くんなら分かりそうなものだけど、違うんだろうか。それとも、嫌がるのを分かって言ってるんだろうか。分からない。はあ、とたっぷり溜息を吐き出した。

「……そんなんで付き合うたりせん」
「悪い話ちゃうと思うけどなあ」
「何が?」

わたしがイライラしはじめたのが面白いのか、宮くんは楽しそうに笑っている。その大きな身体を背もたれに預けると、椅子はギイギイと軋みを上げた。あの椅子はほんとうにわたしの椅子と同じサイズなんだろうか。

「俺な、何や知らんけどモテんねん」
「知っとるけど、それが何でわたしに関係あるん」
「モテるんは悪い気せんけどな、知らんブタからの告りで時間とられるんウザいんよ。なら特定のカノジョ作ればーって言われてな」
「幾らでもおるやろ、宮くんの彼女なりたいコ」
「でもバレーの邪魔になるような女いらんし。どっち取るって言われたらバレー取るし。なら、俺のこと好きとちゃうコがええな、って思ってん。せやけどせっかくならかわいいコのがエエやん? それに、そっちかて知らん男からの告白ウザいなー、って思っとるやろ? 俺おったらそういうん減ると思うけど。な、利害一致しとるやろ」

いっそ清々しいほどのクズな回答だった。眉間の皺は取れそうにない。

「メリットよりデメリットの方が大きいやろ、そんなん」

すごく最低なことを言われてる気がするし、そういう問題じゃないとも思うけど、つい利害の部分に反応してしまった。それに、ここで彼を詰ったところで効果はないだろう。
数分前まで、何の冗談だ、と笑い飛ばしてしまうつもりだったけど、笑顔を崩さないくせに目は笑っていない宮くんを見ると、どうやら言葉は本気らしい。でも宮くんの言うメリットはメリットにならないのはお互いに、だと思う。彼に彼女が出来たところで稲荷崎でバレー部の芸能人みたいな人気ぶりは変わらないだろうし、その彼女になる方は周りからの好奇心や嫉妬に覆われるようにしか思えない。自分がその貧乏くじを引いた状況を想像すると、ゾッとする。

「ほな試しでええで? 今カレシも好きなヤツも居らんのやろ?」
「無理やから。もうええやろ。授業行くわ」
「もう始まんで?」

宮くんが言うと同時、チャイムが鳴った。遅刻して教室に入れば先生に叱られるし目立つことは必須だ。かといって、このままサボればどこで何をしていたか友だちに聞かれるに決まってる。そうだ、気分が悪くなって休んでいたことにしよう。宮くんに引き止められて告白紛いのことされてました、なんて言わなければ誰にも分からない。

「俺、好きなコには結構尽くす方やと思うけどなあ」
「でもわたしのこと好きちゃうやろ。わたしも宮くんを好きやない」
「好きやで? そやってはっきりモノ言うとことか」
「わたしは違う」
「そんなん後からついてくるかもしらんやろ」
「そうやけど!」

そうかもしれないけど、そんな一般論が誰にでも当て嵌まるわけじゃない。

「ほな、決まり。今日からよろしくな、なまえ」
「は?」
「俺、保健室でサボるわ。一緒いく?」
「行かん! っていうか、よろしくって……」
「付き合ったら好きになるかもしらんから付き合ってみるんやろ」
「そんなこと一言も、」
「キライじゃないなら好きなるかもやろ。ならええやん」

小綺麗な顔に嘘くさい笑顔を乗せて、話は終わり、とばかりに宮くんは立ち上がりすたすたと行ってしまった。追いかければよかったのに、何が起こっているのか理解する方に脳のリソースを使ってしまい出遅れた。一人教室に取り残され、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くした。正直、何が何だか分からない。

ただの冗談であればいい、と願った。昨日は結局あれから宮くんは教室に戻らず、放課後もエンカウントする間もなく部活へ向かったらしく真意が何だったのかを問いただすことは叶わなかった。憂鬱を抱えたまま登校すると、上履きに履き替えるところから周囲にじろじろ顔を見られてヒソヒソ噂されている気がした。その原因が何かなんて、考えたくもなかった。教室へ入ると、嫌な予感は的中した。

「なまえ、おはよ」

宮くんは手を振り、わたしの下の名前を口にした。宮くんの周りに集まっていた人たちが、一斉にこちらを向く。正直に、うげっ、と声が漏れた。そして案の定、続くクラスメイトの質問攻め。

なまえ、いつの間に!? アツムみょうじのこと好きやったんやな〜、両想いやったん!? 何しかオメデトウ! 新カップル誕生かぁ!

わたしの回答を待たず矢継ぎ早。あからさまに戸惑っているわたしをヨソに、全ての質問に宮くんが勝手に回答した。それによるとどうやら宮くんは、わたしのことが去年から密かに気になっていて同じクラスになって接点を探り最近ようやく話すようになって距離を詰めて告白して渋々ながらOKを貰ったので付き合うことにはなったけどまだ片想いのようなものである────という設定、らしい。昨日のうちに拒否できなかったわたしには空笑いする以外、最早どうすることも出来なかった。ずぶずぶと底無し沼に沈んでいく自分の絵面を頭に描く。やがて予鈴が鳴り、席に着くと、今度はスマホの通知がぽこぽこと上がる。同じクラスはもちろん、他クラスの友人たちからも噂の真偽を確かめるような内容がどんどんと送られてきていた。誰も彼もが、どういうことだ聞いてないぞ、と問いかけている。そんなの、わたしが一番聞きたい。返信どころか既読にする気にもなれず、通知を放置したまま授業へ集中することにした。

現実逃避をしたところで、それは一時的な回避に過ぎず、休み時間の度に質問攻めは行われるし、友人たちを無視し続けることもできない。正直に打ち明けるかどうか悩みに悩み、それはもう悩んだ結果……打ち明けるタイミングを逃した。幸いにも宮くんの設定ではわたし自身の感情に嘘を吐く必要はなかったから、戸惑っているうちに周りは勝手に解釈した。本気か気まぐれかは知らないが宮くんと付き合うことになったラッキーガールの一人。そういうことになった。それはトレンドになる話題ではあるけれどいつまでも続くほど珍しいネタでもなく、一週間もすれば周囲はすっかり日常に戻っていた。宮くんは宮くんで部活が忙しいらしく一緒に通学するようなことはなく、お昼休みすら近寄ってこない。未だ互いの連絡先も知らず、あれから二人きりで話すこともない。つまり、わたしたちはただのクラスメイトのままだった。

今回ばかりは、保健室のお世話になることを決めた。いつもは割と何ともないのに、午後から酷くなった。お腹も頭も鈍い痛みに襲われている。そして何より、眠気が酷かった。普通の授業なら舟を漕いでも何とかやり過ごせるけど、とても体育を頑張れる体力じゃなかった。
保健室に入ると先客が居た。見慣れた……とは言い難いが、毎日見ているその顔と同じ顔、がベッドに腰掛けていた。どうやら先生は不在らしい。
治くんの方の宮くんとは、去年クラスが一緒だっただけでなく、今年も委員会が同じで接点がある。双子のもう一人よりはまだ自然に話すことができる相手だ。

「みょうじさんやん。どないしたん」
「ちょい貧血で……宮くんは?」
「俺は眠いから寝にきた」

正直か。いや、眠いから来たのは私も同じだけど。

「宮くんもそんなサボりするんやね」
「俺”も”?」
「あ、いや……」
「侑と付き合うてるてホンマなんやな」
「あ〜、うーん、うん……」
「何や、煮えきらんなぁ。侑のヤツ、いつもやったらべらべら彼女のハナシすんのに、みょうじさんのことは何も喋りよらん」
「そう、なんや」

正直、宮くん……侑くんの方、の、真意は未だに掴めないままだった。聞き出そうとしないわたしも悪いけど、また煙に巻かれそうな気がして半分諦めていた。無気力過ぎる、だろうか。宮くんが本当に告白してくる女子を減らすためだけにわたしを選んだんだとしたら、よく人を見ているな、と感心してしまいそうだ。とはいえ、このままでいいのかは疑問だった。本当に付き合っているのか、と聞かれてハイと答えられないような関係が健全と言えるだろうか。それに、もしわたしが本当に宮くんを好きになったらどうするんだろう。
片割れのことなら何か分からないか、と尋ねるため口を開きかけたけど、宮くんは「ほな、おやすみ」と言ってベッドのカーテンを閉めてしまった。まぁいいか、と空いた方のベッドへ上がり、同じようにカーテンを閉めた。

「やっと起きた。もうHRも終わったで」
「……宮くん?」

微睡から目を覚ますと、室内の人物は先ほどの銀髪から金髪に変わっていた。カーテンの内側、椅子を引っ張ってきてベッドに片肘を立ている。
体育どころか午後の授業が終わっても一向に教室へ戻らないわたしの荷物を、彼氏だからと押し付けられたらしい。

「ごめん、ありがと」
「寝顔はかわいないな」
「は!? ひど!」
「ウソウソ。カワイイカワイイ」

完全に棒読みだった。じとり、と睨め付ける。それでも、貴重な放課後にわざわざ来てくれたのだからあまり強くも言えない。

「起きんかったらどうしよ思たわ」
「そうやん。宮くん、部活は?」
「俺はバレー部やで」
「それは全校生徒が知っとる」
「今度の試合、応援来てな」
「クラスみんな行くからいつも行っとるよ」
「つれへんなあ。そこはガンバッテ、とかそんなんでええねん」
「ガンバッテ」
「棒読みか!」

仕返ししてやった。宮くんのテンポいいツッコミに思わず笑ってしまう。すると宮くんは「お、やっと笑ったな」とニヤニヤするので、何となく顔を背けた。

「部活は今から行く。そっちは? なまえて、ナニ部?」
「……好きとか言うなら少しは予習し。帰宅部や」
「はは」

乾いた笑い。やっぱり宮くんは、適度にわたしに興味がない。

「ちゃんと一人で帰れるん?」
「大丈夫。……ありがと」
「ほな帰ったらちゃんと報告な。連絡先教えてや」
「え、うん」

強く断る理由もなく連絡先を交換した。
それから少しずつメッセージのやり取りをするようになった。学校で話す頻度は変わらなかったけど、文字とスタンプだけで話す宮くんは思っていたよりも嫌なヤツではなかった。部活お疲れさまとか今日のご飯は何だとか、わたしはお昼はお弁当を持参して教室で食べることが多いけど宮くんはお弁当だけじゃ足らなくて購買で何か買い足してること、そのまま部室だったり片割れや角名くんの居る1組で食べていること、朝練があるから朝早くてしんどいけどバレーは苦にならないということ、部長の北さんは怒らなくても怖くて逆らえないんだということ、アランくん先輩のツッコミは欠かせないということ、朝から双子でケンカしたけどもう理由は忘れたこと、来週の球技大会は所属している部活の種目には出られない決まりだからバレーが出来なくて残念だということ、それからおやすみとかおはようとか、そんな話をした。少しずつ宮くんの情報が増えていった。何だか本当に彼氏彼女みたいだ。

現役バスケ部員はバレーへ、バレー部員はバスケへ。背が高いから、という安直な理由で球技大会の出場種目が決まるのはどこのクラスも同じらしい。宮ツインズの激戦は、それはもう凄い大歓声だった。観覧者は女子も男子も関係なく大盛り上がりでその戦いを見守った。いつもの試合とは違いお祭り騒ぎなものだから、本人たちも大はしゃぎ。身体だけでなく口も忙しそうな試合だった。結果は、うちのクラスの勝ち。尚、高身長二人は、もう少しやる気を出せ、とクラスメイトたちに怒られていた。

男子のバスケが一試合終わった後は、隣の体育館で女子のバレー。これもまた、対するは1組だった。球技大会は、所属してる部活の種目には出られない。けれど、そのルールは経験者には当て嵌まらないから、うちのクラスはやったことがある人を中心にチームを組む方針だ。つまり、わたしもバレーに出場する。中学の部活を引退してからは、体育の授業くらいでしかやらないバレー。正直、まともに動けるか心配ではあったけど、賞品がかかっているのだからやるしかない、と腹を括った。
結果は、快勝だった。

「びっくりした。みょうじさん、バレーしとったんやな」

汗を拭っていると、話しかけてきたのは治くんの方の宮くんだった。バスケで負けてしまって、もう午前の出場予定はないから出歩いているらしい。

「バレーな。中学までやけど」
「さっき思い出したけど、たぶん試合見たことあるわ」
「ほんまに!?」
「侑のやつ、それでか」
「何が?」

ならしゃあないな、と宮くんは笑った。何がしゃあないの、と聞いてみたけど、一人で納得して満足したようで、何も教えてはくれない。

「保健室んとき、みょうじさんと話した言うたらアイツ拗ねとったで。お前の許可いるんかって聞いたら、許可とってくれな困る、やと」
「ええ……」

何やらむず痒い話だった。ここ暫くで、仲は随分とよくなった。よくなったと思う、けど、宮くんは別にわたしのことを好きなわけじゃない、と思う。『思う』というのは、少し願望が込められてしまっているかもしれない。ああ、イヤだ。
バレーをしてたから何だって言うんだろう。バレーは嫌いじゃなかったけど、高校まで続けるほど夢中なわけでもなかった。ただそれだけ。推薦はあったけど、別に将来有望だったわけじゃない。親は好きなことをやれ、と言ってくれたからバレーは続けず、ただ家から比較的近くて学力の見合う稲荷崎を選んだ。男バレが強豪なのは知ってたけど、特別に意識はしなかった。宮くんはわたしを見たことあると言ったけど、わたしが宮ツインズを知ったのは高校に入ってからだ。考えても、何も繋がらない。さっぱり分からない。後で宮くん本人に聞いてみよう。

そういえば、今日は日直だった。球技大会の日に日直やなんてラッキーやな、と言われながら日誌を書いた。書くことなんてロクにない一日だったわけだから適当で構わない。球技大会はみんなの頑張りの結果、2組は見事に学年優勝を飾った。おめでとうございます、というわけで、つまり、今から陽気な打ち上げだ。早くしろ早くしろ、と周りから急かされて書き上げたソレを待って職員室へ走った。
先生の長話にたっぷり付き合わされてから戻ると、教室は宮くんを残して誰も居なくなっていた。宮くんはずり落ちそうな座り方でスマホをいじっている。戻ってきたわたしに気がついているだろうに、顔を上げる様子はない。

「あれ、皆は?」
「先行け言うた」
「なんで」
「何で、て。カレシやから?」

尤もらしいことを嘯くものだから、こちらもあーそーいえばそーやったね、と適当に返してやる。席に戻り荷物を持って、なら早よ行こ、と促すも宮くんは全く動く様子がない。

「どうしたん」
「んー?」
「……何かあるん?」
「まぁ、ある。今日の動き、へっぽこもええとこやったなぁ。相手がド下手糞やったからええけど、あれでよう勝とう思たな」
「いやいや十分やったやろ、帰宅部やで? 何年バレーやってないと思っとるん」
「知らん。何でやってないんや」

何年、と言ったのに何で、を聞かれても困るる。宮くんの主張は、わたしにとって完全にいちゃもんだった。バレーのことだから熱くなるのか知らないが、わざわざ待ってまで言うことだろうか。いつもの軽口か、と顔を見れば、宮くんは全く笑っていなかった。一体、何だというのか。宮くんはスマホを机に置くと、睨み付けるようにわたしを見た。思わず怯む。

「治から聞いたんやろ」
「宮くん……治くん? わたしの中学の試合見たことある、ってハナシ? それが何なん?」
「それだけか。何やねん。お前ムカつくねん」

非もないのに貶されてお前呼ばわりされて、仕舞いにはムカつくとか言われて意味が分からない。ムカつく、のはこっちだ。不穏な空気を感じて、宮くんから距離を置いたまま続きを聞く。

「ほんま腹立つ。俺が見たお前は今日みたいなへっぽこちゃうかった。トス呼んで飛んで誰よりも点入れてカッコ良かったのにすっかりヘタレになってもて、真面目に勉強しよるし休み時間は女子でペチャクチャ呑気に喋りよるし帰宅部ってありえんやろ。それが今日はへっぽこのくせにいっちょまえに勝っとるし。大体、俺と付き合うてなったら喜べや!全然話しかけてこーへんし、一緒に帰りたいて言うどころか部活も見にこーへんし連絡先すら聞かんしどないやねん!何で俺から聞かなあかんねん!あまつ治クンって何やねん俺は宮クンのままやのに何でアイツは治クンやねんおかしいやろ、カレシ俺やぞ!」

それは自白だった。捲し立てられたけど、褒めてるのか貶されてるのか分からない。その上、後半はまるで嫉妬のようなことまで言い出す始末。治くん、と言ったのは別に会話上ややこしいと思ったから口にしただけで普段からそう呼んでいるわけじゃないけど、論点はそこじゃないだろう。正直、さっきよりもワケが分からなかった。

「えーと、宮くん、わたしのこと好きやったん?」
「ンなわけあるかい!……って言うはずやったのに、何やねん」
「いや、何やねんはこっちのセリフやし」
「お前なんか好きちゃうわ。やから惚れさせて捨てたろ、思ったのに」
「え、そんな計画やったん?」

思わず口が開きっぱなしになる。宮くんはそっぽを向いてしまった。近付くと、机に突っ伏して顔を隠してしまう。覗く耳が少し赤い。

「ムリやったけどな」
「つまり、わたしのこと嫌いやったわけや」
「嫌いとか言うてへん」
「何で無理なったん」

うっさい、と言いながら宮くんは少しだけ顔を上げた。

「……バレーしとるとき、やっぱカッコ良かったわ」
「わたしが?」
「おん。全然動けてない、へっぽこやったけど」

へっぽこは余計や、と思いながらも腹立たしさはもうすっかり抜けてしまった。何だか身体の力も抜けてしまって、宮くんの横の席を借りて座る。

「何か宮くん、思ってたんと全然ちゃうわ」
「思てたって、何なん」
「人を小馬鹿にして後ろで意地悪く笑ってるタイプやと思ってたけど、ウソ吐かれへんのやね」
「俺、性格悪すぎやん!」
「宮くんの日頃の行いやろ」

思ったままを言えば、宮くんは納得がいかない様子で、笑ってしまう。宮くんは深く溜め息を出しながら、今度こそ身体を起こした。

「宮クン、ってソレもうやめへん? 名前呼んで」
「…………侑くん?」
「なに? なまえ」

用があって呼んだわけじゃないのに、返事をされる。嬉しそうに笑うので何だか照れ臭い。

「……なぁ、何でバレーやめたん。推薦とかもあったんとちゃうん」
「あ……ったけど。他にやりたいことあったから。勉強と両立できるほど器用ちゃうし」
「やりたいことって?」
「親にも言うてない」
「そぉか。ならええわ」

言いたいことを散々言って満足したのか、もう毒気は漂っていなかった。
侑くん、は、わたしのことを好きじゃない。言葉通り、虫よけにするためにたまたま選んだだけで、選んだから一応相手をしようとしてるんだと思っていた。蓋を開けてみれば、そんな複雑な感情を抱かれていたなんて、気付くはずもない。

「なあ、俺と付き合うて」
「……もう付き合うてる」
「なら好きなって」
「…………うーん…」
「そこは『もう好き』って答えるとこやろ!」
「知らんよ」

テンポのいい会話に、顔を見合わせて笑った。それから、侑くんはいつものニヤニヤを作って言った。

「俺はほんまに好きなってもた。どーしよ」

知らんよ、とは言うわけにはいくまい。